研究概要 |
本研究は「ダイナッミクな分子運動を引き金として,液晶性を発現させる」という考えで,シグマトロピー転位型液晶として,トロポンの2位にエステル基を持つ5-アルコキシトロポン体を合成することを研究の目的の一つとした。既に,これらの構造要素を持つ2-アシルオキシ-5-アルコキシトロポン体は単環ながら,モノトロピックではあるが,スメクチックA相を示すことを見いだした。このような単環性化合物が液晶性を示した例はほとんどなく,これは液晶状態で2位のアシル基が隣のカルボニル基に転移する[1,9]シグマトロピー転位によって直線分子となり得るために,液晶性が発現したと考えた。また,[1,9]シグマトロピー転位がどのように液晶性発現に関わるかについて調べるために,2-アシルオキシ-5-アルコキシトロポン体の2位のアシル基と5位のアルコキシ基を交換した化合物を合成した。その結果,潜在的に液晶性を示したが,両者を比べると,2位にアシル基があると,融点を下げることが明らかになった。従って,2位にエステル基を導入することにとって,液晶性の発現が促進されることが証明できた。 更に,これらの単環性[1,9]シグマトロピック型液晶のアルキル側鎖にフッ素原子を導入し,液晶の熱安定性の優れた単環性トロポノイド液晶を合成した。フッ素原子を側鎖に導入すると,炭素-炭素間の自由回転が制約され,一種のコアと働くために,液晶性の発現が促進されると考えられる。このように,側鎖にフッ素原子を持つ単環性液晶の場合も,2位にエステル基が存在するとその液晶性は優れ,これはシグマトロピー転位がトリガーとして働いたためであると結論した。 七員環化合物を液晶のコアにしたシグマトロピー性化合物はこれまで全く例がなく,新しいタイプの液晶である。また,物性発現にダイナッミクな分子運動をトリガーとして液晶性を発現させるという考えは独創的であり,この性質は構造的に側方位にカルボニル基を持たないベンゼン系化合物では期待できないことである。
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