研究概要 |
本研究課題に関連した世界の動向を概観すると,光散乱体の効果と球共振器の効果とは独立してレーザー動作との関連を検討している状況にあり,現在もこの状況は変わっていない.筆者らは,既に得ている球共振器の成果と,進行中の散乱体との効果を結合することにより,研究課題に関しての先駆的な成果取得を目指した. 光学的利得媒質と高散乱媒質からなるレーザーの研究が近年のトピックスとなっているが,これらは,実験手法により2つに分類される.その第1は,光多重散乱を生じさせるためのTiO_2固体ナノ微粒子を混入したほとんど不透明なバルク状色素溶液によるもの[N.M.Lawandy et al. Nature,p.436,1994]であり,その第2は,色素をドープした高透明な微小液滴球を用いるもの[P.W.Barder and R.K.Chang,Eds.,“Optical effects associated with small particles,"World Scientific,Singapore,1988]を根底としている.この第2のものは,レーザー動作のための高いQ-値をもつ光学的共振器が自動的に構成されるという優れた特徴を有している.筆者らはこの第2の手法を発展させ,以下のような成果を本研究で得ている. 1)色素ドープ微小液滴中にポリ・メチルメタクリレート(PMMA)の固体ナノ高散乱体を混入してレーザー動作の性能を格段に向上させた世界に先駆けた報告を行った[H.Taniguchi et al.Opt.Lett.p.263,1996].2)ロ-ダミンやアクリジンなど種々のレーザー色素溶液[Appl.Phys.Lett.p.719,1996;Appl.Opt.印刷中]や,3)リボ・フラビンなど生化学物質[CLEO/Pacific Rim'97,P7,P.157,1997]及び,4)大根葉や緑色淡水藻(アオミドロ)など,生体からの直接抽出色素[Electron.Lett.p.1484,1996;CLEO/Pacific Rim'97,p6,p.156,1997;Electron,Lett.p.1797,1997]に人工血液として医療用に汎用されているイントラリピッド(Intralipid-10%)ミルク状ソフト・ナノ高散乱体を混入して行った成功例がある.これらの例,特に生体関連抽出媒質においては,高散乱体の混入なしではレーザー動作の得られない状況から,明確なしきい値を持ったレーザー動作と,大幅なレーザー出力の増強が高散乱体の混入により得られており,優れた共振効果を有するとされる微小球共振器によるよりも,より効果的な誘導放出効果の生じることを確認している.5)高散乱体の混入時には,高透明球共振器本来の球共振モードが崩れ多重散乱モードに移行する,との光多重散乱現象のダイナミクス究明のための基礎物理学的な新知見を得た[IEEE J.Quantnm Electron.p.1864,1996].これらの一連の成果の概要は,招待論文[応用物理,p.25,1997]で公表した. 本研究は世界に先駆けて実証した独創的,画期的なものであるため,その研究内容は基礎的発展段階にある.このことに鑑み,本研究では研究題目に直接的に関連する事項のみならず,装置周辺技術の改善と発展的研究等,多岐にわたる基礎的検討項目を含んだ研究計画を実施した.従前には,国内外を通じて数少ない研究対象であったため,未解決,未解明の問題点も残存している.特に,超高速光学的ダイナミクス解明を目指した観点からは,装置の性能限界に支配された現象の把握に留まっており,物理的根元的な観点に立脚した十分な現象解明に到達できなかったと反省している.それらを含めて今後の一層の研究の推進が期待されるが,そのためのゆるぎない基礎は本研究の実施によって十分築かれたものと考えられる.
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