研究概要 |
前脳基底部のBroca対角帯水平部(horizontal limb of the diagonal band,HLDB)のコリン作動性ニューロンに関し,その生存維持に重要な脳領域並びに神経栄養因子を検討する目的で,神経栄養因子を産生している嗅覚領域を損傷し,HLDBニューロンの生存について検討した。成熟雄ウィスターラットを使用し,損傷実験を行う前にあらかじめ蛍光色素(fast blue,FB)を嗅球に注入し,嗅球へ投射するHLDBニューロンを前標識した。FB陽性ニューロンは細胞死をおこさない限り,長期間にわたりニューロン内に留まることがすでに証明されているので,特定ニューロンの生存/細胞死の判定に用いることができる。FBの嗅球内注入3-4日後に,嗅索周辺領域だけに損害を加えた実験群(嗅索傷害群)と,嗅球と嗅索周辺領域の両者に傷害を加えた実験群(嗅球・嗅索障害群)に分けた。損傷4週後に4%パラフォルムアルデヒド溶液で灌流固定を行い,脳を採取し,30μmの連続切片を作製した。FB陽性ニューロンは蛍光顕微鏡下にUVフィルターを用いて観察し,またコリン作動性ニューロン検出のためにアセチルコリン合成酵素に対する抗choline acetyltransferase(ChAT)抗体を用いて免疫組織化学反応を行った。嗅索傷害群においては,HLDBのFB陽性ニューロンは対照側と同数(左,548個;右,548個)であり,HLDBニューロンの細胞死はおこっていなかった。これに対して,嗅球・嗅索傷害群では,HLDBニューロンの減少が明らかで,多くのニューロンが細胞死をおこし消失していた。対照側の左側HLDBのFB陽性ニューロン数(547個)に対して,嗅球・嗅索傷害群の右側HLDBのFB陽性ニューロンは124個と著減していた。また,嗅球・嗅索傷害群の右側HLDBのFB陽性ニューロンの多くはatrophicで,細胞体の大きさは減少していた。ChAT陽性のコリン作動性ニューロンも傷害側で減少しており(左,295個;右,244個),特ににHLDBの尾側1/2で著明であった(左,135個;右,75個)。嗅覚系におけるNGFをはじめとする神経栄養因子は嗅球のみならず嗅球からの投射をうける嗅索周辺領域にも強く発現しているために,今回これまで試みていなかった嗅索周辺領域を損傷した場合と嗅球と嗅索周辺領域の両部位を損傷した場合に,HLDBニューロンの細胞死が誘発されるかを検討した。その結果,嗅覚系で神経栄養因子を産生している脳領域を広汎に損傷した嗅球・嗅索傷害群において著明なHLDBニューロンの細胞死が誘発された。さらにHLDBのFB陽性ニューロンの減少率に比べて同部位のChAT陽性細胞の減少率が少なかったことから,コリン作動性ニューロンよりも非コリン作動性ニューロンの方が神経栄養因子依存性が高いことが推察された。
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