研究概要 |
神経細胞における虚血耐性現象の解明のために,まず砂ネズミを用いて再現性の高い虚血耐性モデルの作成を試みた.特に短時間の虚血を加える場合,側副血行路の発達の程度により頚動脈閉塞時間は必ずしも負荷の強さを反映しない.そこで,古くからenergy failureの指標とされてきた脱分極の持続時間を虚血負荷の指標として用いた.その結果,脱分極持続時間6.5分以上の虚血負荷で海馬CAl神経細胞に完全な細胞死が生じるが,2日前に脱分極持続時間2.5〜3.5分の虚血負荷を加えておくと,6.5〜8.5分の脱分極持続時間を加えてもCAl神経細胞はほぼ100%助かることが確認された.この耐性効果はCAlに完全な細胞死を引き起こす脱分極持続時間を10分以上,すなわち2倍近くに延長させる程の強い効果で,虚血耐性現象は少なくとも10日間は持続した.つまり,砂ネズミにおいてDC potential計測下に脱分極持続時間が2.5〜3.5分になる虚血負荷を加えることで,極めて再現性の高いmaximumな耐性効果を持つ虚血耐性モデルを確立することができた. 次に,同モデルの海馬CAl神経細胞における虚血耐性現象の獲得に関与する遺伝子を明らかにする目的で,Heat shock proteinに代表されるHSP72と転写因子を発現するimmediate early geneのうちc-fos,junB,junD,c-junについて,それらの発現の脱分極持続時間の閾値を測定し,虚血耐性効果を誘導する脱分極持続時間と比較検討した.その結果,虚血後1時間で,HSP72は脱分極持続時間3.5分以上でようやく発現し,脱分極持続時間の延長とともに増強し5分以上でplateauに達したのに対して,c-fos,junB,junD,c-jun全て,虚血耐性効果が現れ始める脱分極持続時間1.5分から同じく発現し,peakになる脱分極持続時間はIEGの種類によりやや異なったものの,耐性効果がmaximumとなる2.5〜3.5分で強い発現が観察された.以上より,当初虚血耐性現象の獲得に深く関係すると考えられたHSPのうち少なくともHSP72は虚血耐性現象の発現に必ずしも必要でないが,FosやJun familyの転写因子は標的遺伝子そのものは明らかではないが虚血耐性現象の発現に深く関わっている可能性が強く示唆された. 今後は,本モデルのような再現性の高いモデルを用いたin vivoからのapproachに加え,細胞単位でのin vitroからのapproachも必要であるとともに,神経細胞以外にastrocyteやmicrogliaなどのglia細胞の虚血耐性現象における役割にも着目する必要がある.
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