本研究では、まず顔の再認記憶における個人差を、被験者が自発的に用いる記憶方略という観点から検討する実験を行った(実験1)。日本人、白人、黒人の顔写真30枚を刺激として90名の被験者が意図記憶課題を行い、記銘後に被験者各自が用いた記憶方略を自由に記述させた。また、5種の記憶方略(部分特徴への注目、全体特徴への注目、既知人物との類似性判断、性格印象の推測、好悪判断)の使用頻度を人種別5段階評定で求めた。記銘後1週間(短期保持条件)もしくは11週間(長期保持条件)後に再認記憶課題を行った。再認成績を分析したところ、各人種の顔の記憶成績に相関がみられなかったので、人種ごとに再認成績の上位群と下位群を抽出し、記憶方略の違いをみた。その結果、既知人物との類似性判断の記憶方略のみ、3つの人種とも上位群が下位群よりも使用頻度が高い傾向がみられた。そこで、実験2では、被験者を2群に分け、それぞれに対して示差特徴発見方略と既知人物との連合方略の使用を指示し、偶発記憶課題で再認成績を比較した。保持期間は1週間であった。74名の被験者(示差特徴群30名、既知人物群44名)の再認成績を分析したところ、日本人の顔写真の成績には両群で差がみられ、既知人物群の成績が良い傾向がみられた。しかし、白人、黒人の顔写真の記憶成績では差がみられなかった。したがって、既知人物との連合方略は、既知情報の豊富な人種カテゴリーに属する顔の記憶には有効であるが、既知情報が少ない人種カテゴリーの顔についてはとくに有効な方略とはいえない。しかし、本実験は偶発記憶課題であり、被験者は記銘時に与えられた課題の記憶に対する有効性については知らされていなかった。したがって、白人、黒人では被験者が既知人物との連合方略をどの程度正確に使用したかに若干疑問が残る。これは今後の検討課題であろう。
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