本研究の目的は、近代日本のナショナリズムの特質を、とくに大正・昭和期のアジア主義に焦点をあて、歴史社会学的視角から析出することであった。この目的のため、まず近代日本文化史・教育文化史・マスコミ史のうちとくに昭和前期のアジア主義に関する文献を収集・整理し、問題点の摘出をおこなった。以上の文献調査から明らかになったのは、下記のような点である。 昭和前期のアジア主義を検討する場合、(1)思想家(思索しその言説を表に出すという形でアジア主義にかかわる人々)、(2)実務家(実際にアジアとかかわった人々、たとえば政治家、外務官僚、軍人など)、(3)世論・社会意識の三面が重要である。(3)については、太平洋戦争へ進んでいくプロセスにおいて、『少年倶楽部』などの雑誌や映画などの大衆文化がどのくらいの役割をはたしたのかについての研究もまだ不十分であって残されているということが指摘される。 しかし、この三つのうち、最も強い影響力をもったのは思想家であった。昭和十年代になると、日中戦争から太平洋戦争へのプロセスの中で、アジアにかかわる本が大量に出ているが、それら大正期のアジア主義者、すなわち大川周明、北一輝、石原莞爾らの主張の単なる焼き直しにすぎなかった。その意味でこの三人はいずれも重要なのだが、長期にわたり影響力をもち続けた人として最も注目されるのは大川周明である。大川の思想の特質としては、(1)アジア主義の理想主義的側面と日本の権益擁護的側面がないまぜになっていたこと、(2)社会主義の平等思想が国際問題に変則的に応用されていたこと、(3)アメリカの排日移民法の成立と満蒙問題の深刻化が急速にワシントン体制の打破と日本の権益擁護的方向をとらせたことの三点が指摘される。
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