病棟をフィールドとするエスノグラフィーを描く一環として、入院(患)者の「病気」観とその形成過程を検討した。消化器科と脳外科の2病院においてて患者と医療者双方の許可を得て、入院者への聞き取り調査(対象計41名)と、医師が患者に病状や治療の説明をする面談の観察、看護婦詰所の観察を行った。結果から以下のことが指摘できる。1.入院者は「病気」の状態を理解していても、自身を「病人」だとは思わない傾向にある。これは「病人」というラベリングを避け、自己尊重感を維持しようとする意識によると考えられる。ここから、入院者にとっては「病気である」と「病人である」は等しくなく、「健康である」や「元気である」と「病気である」も対立せずに併存しうる概念だということがわかった。2.入院者は、病気原因や入院の経緯を、生活スタイルや人生経験などを含むライフ・ヒストリーと関連づけて語る傾向が見られた。また、入院中に心配なこととしては、治療よりも、仕事や家事・育児等の生活面での問題を語る人が多い。生活圏から離れた病院にいたとしても、常に生活者として、家族や友人、職場や仕事の関係者、親戚、地域の人との関係性の中に「存在している」といえる。そのため逆に、精神的にも物質的にも「心配をかけない」ために特定の人には入院していることを伝えないという行動も見られる。3.入院が生活上の困難を伴うものであっても、入院体験のプラス面を指摘する人が多い。特に、世代の異なるさまざまな病気の人と知り合い、病気の知識だけではなく、その人たちの生き方・考え方にも触れる機会となり、これは病棟の外では経験できないこととして積極的に評価される。4.病状の理解には医療者による説明が大きく影響するが、病気原因は、医療者からの説明がないことが少なくないため、入院者は自己理解をする。治療の決定は医師に委ねる傾向が強いが、退院等の決定は医師と交渉する傾向がある。
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