研究概要 |
イタリアのファシズム体制は全体主義的性格といえるか,それとも権威主義的性格かということをめぐって,研究者の間で見解が分かれていた。これまでの多くの研究者は,ファシズム体制が結局のところ,王室,軍部,官庁,教会などの諸領域をファシズム化しえなかったことを指摘して,全体主義的というより権威主義的性格に近いことを指摘してきた。この見解はさらに,ファッシスト党が非政治化されて,国家に従属している点も重視した。イタリアのファシズムに関する,これらのことがらは,確かにその通りであるが,しかしこうしたとらえ方はファシズムをもっぱら制度的な観点から考察したことに基づいている。ファシズムの諸組織を制度的な面だけでなく,社会諸領域における日常的な実践を見ていくと,ファシズムが人間と社会を全体的に編成しようとしていた姿が浮かび上がってくる。たとえば,行政の問題においては伝統的に非効率な省庁行政が維持されていても,その一方では実に多数の公社・公団・事業団が新設されて「並行行政」ないし「第二行政」とよばれる行政が進められているのである。この「第二行政」は金融,産業,運輸,厚生,福祉,娯楽,スポーツなど社会生活のあらゆる領域に関わっており,ファシズム政権の続いた20年間に300に達する機関が設立されている。そして重要なことは,非政治化されたとみられているファシスト党が,これらの機関の設立と運営に大きな役割を果たしていることである。つまり,ファシズム体制のもとでは,行政や福祉のあり方が新しい性格をもつようになってきており,また政党の概念自体が変化しているのである。ファシズムを分析するにあたっては,制度的にではなく,このように日常的実践の面に立ち入ることによって,はじめてその性格を明かにしうるといえるのである。
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