研究概要 |
本研究はテクスト言語学の立場から、中世スラブ諸文献の言語的特徴を明らかにすることを目的とし、とくにスラブ最古の文章語としての古教会スラブ語と他のスラブ文章語の関係について考察することを目指すものである。3年間の成果は次のように要約される。 1. 古教会スラブ語の発話動詞について考察した。そして、glagolati「言う」,resti「述べる」のテクスト中における分布・機能を分析し、前者は発話行為の生起が予想できない文脈で、発話行為の出現を示すことを目的として使用され、後者はそれが予想できる文脈で、より重要な内容の発話を導入するために使用されるという差異を明らかにした。さらにこれら2つの主要な発話動詞とvbprositi「尋ねる」,otvestati「答える」、povedeti「語る」、moliti「頼む」といった他の発話動詞の使用の違いを検討した。 2. 古ロシア年代記における「語り」タイプのテクストと古教会スラブ語福音書テクストの言語を比較した。前者は非宗教的な世俗の出来事を記しているため、従来の語彙論中心の研究によれば、古教会スラブ語の影響をあまり受けておらず、東スラブ語本来の特徴を保持しているとされる。しかし本研究により、統語レベルにおいては、逆に古ロシア年代記の「語り」タイプのテクストが、その世俗的内容にも拘わらず、古教会スラブ語福音書の言語的影響を受けている可能性があることが判明した。 3. 『キリル伝』、『メトディオス伝』と言ったスラブ聖者伝を、古ロシア年代記と古教会スラブ語福音書の中間に位置するものとして捉え、その言語的特徴を明らかにすることを目指した。但しこの研究については必ずしも当初の目標を完全に達成することはできなかった。現在、幾つかのファクシミリ版テクストの電子化と邦訳が終わった段階であるが、今後これを用いてさらに綿密な研究を行いたい。
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