研究概要 |
本研究は,同一の紛争主題について,国際司法裁判所と安全保障理事会が異なる決定を下すことができるかどうか,実際にその可能性に直面したロッカービ-航空機事故事件を素材に検討した。平成8年度の研究では,まず安保理と裁判所による同一の紛争の取扱いに関する過去の先例を調査したうえで,本研究の素材となった上記事件の法的問題点を検討した。これまでは,安保理は紛争の政治的側面の解決にあたり,他方,裁判所はその法的側面の解決を図るという協調的方式がとられてきたが,この事件では,このような伝統的図式はみられず,安保理は裁判係属中の主題に対して,拘束力のある決定を下すという形で介入する行動をとった。言い換えれば,安保理から裁判の主題を先取りする決定を下したのである(裁判事件はなお係属中)。 本年度の研究では,これについて裁判所がその仮保全措置の決定にあたってどのように対応したか,裁判官の少数意見を含めて検討したのち,そもそも,国連憲章の定める制度上の仕組みとして,安保理がそのような決定を下すことが法的に可能かどうかを調査した。この問題は,国連機構における国際司法裁判所の司法的独立性をどのように捉えるかということと密接に関係する。調査の結果,本件における安保理の行動には法的にみて相当に問題があり,国連憲章上の安保理の権限を逸脱している恐れがあることが判明し,結論としては,安保理は,平和の維持に緊急に必要な場合を除いて,係属中の裁判の主題に対して強制力をもって介入すべきではないとの立場を確定し,これを一本の論文にまとめた。
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