研究概要 |
英米の近代経済学(当時の用法では「正統派」経済学)は,マーシャル経済学を中核にして成立するが,しかしその基盤となるべきマーシャルの経済学の評価についてはこれまで部分均衡論に限定されたきわめて矮小化的なものであった.本研究は,従来,謎であったマーシャルが経済学に至るまでの道筋をマーシャル文書(とくに道徳哲学・心理学文書)や彼の周辺の諸資料を通じて明らかにする一方,彼の関心の多くは,彼の危惧した英国の改革の遅れ,とくに企業組織や産業構造の諸問題が英国における人的資源投資のあり方やオックスブリッジの内部での「国民的大学運動を背景にした経済教育システム論,あるいはこれらを取り巻く社会制度に関連していたという点を解明した.最終的に彼の経済研究の意図は,経済発展の経路と構造の分析のための人的資本,国民所得,経済システムの進化(「有機的成長論」)の相互関連に結実する.そしてマーシャル経済学が,実際には,今日の企業組織の経済学,人間開発の経済学,情報と不確実性の経済学,そして最近の「産業立地の経済理論」や比較制度分析の経済学,あるいは「進化経済学」の源泉になりうることを明らかにした.このようなマーシャル経済学を中心とする「正統派」経済学のあり方に関しては,同時期のアメリカにおける経済学の教育・研究姿勢,とりわけ米経済学界で主流となったF.ウォーカ-の経済学からの影響も大きかったことも考察した. また「正統派」経済学の役割は,同時に「古典派経済学」に代わる経済理論上の革新の樹立だけに限定されるものではなかった.それは,旧来の大学教育の軸であった古典教養教育に代わるあらゆる産業地域・性別,階層にも開放できる,市場経済社会の新たな段階の科学としての経済学であった.米英間の「大競争」期の「正統派」経済学は,産業経済と教育の結節点として英国の大学拡張運動と「都市カレッジ」設立活動のなかで,あるいは米国ではニューイングランドの大学の優位を覆す一環として位置づけられたのである.
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