研究概要 |
研究代表者らは,有機化合物の電荷移動錯体(CT錯体)の光照射による電子移動の起こりやすさと,受容体ー供与体相互作用の強さの関係を明らかにすることを目的に研究した.昨年度までにテトラシアノエチレン(TCNE)とアセナフチレン(CAN)のCT錯体が溶液中のCT照射では反応しないが,CANの直接照射では反応することを見出した.CANの直接励起とCT励起による反応性の差を,生成するラジカルイオン対の違いから解釈した.すなわち,前者から生成する溶媒和ラジカルイオン対(SSIP)は逆電子移動による失活速度が遅いため,ラジカルイオンに容易に解離できるのに対し,後者から生成する接触ラジカルイオン対(CIP)は逆電子移動速度が解離よりもはるかに速いため容易に失活して解離することができない. 叉賀らによると,CT励起によるCIPからの逆電子移動速度は逆電子移動に要するエネルギー変化(-ΔG^0_<BET>)の増加に伴って直線的に減少する.この考えによると,TCNEのような高い還元電位のCT錯体は-ΔG^0_<BET>が小さいので反応性は低くなると予想され,我々の実験事実を支持している. そこで,-1.0-0.5Vの範囲の還元電位を有する15種類以上の受容体(ニトリル,酸無水物,ベンゾキノン類)を使って,CANとのCT励起による反応性を量子収量を測定して定量的に評価した.その結果,高い還元電位の受容体を使ったCT錯体は反応性が低いのに対して,低い還元電位の受容体の受容体を使ったそれは反応性が高いことがわかり,反応するかしないかの境界線はおよそ1.7eV付近に引けることを明らかとした.この結果から-ΔG^0_<BET>が大きい,言い換えると相互作用の弱いCT錯体はCIPからの逆電子移動が遅くラジカルイオンへの解離にとって有意に働く,と結論した.
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