本研究は、まず、クラスターイオンが固体標的を通過したときの固体電子の励起によるエネルギー損失率(阻止能)を「波束モデル」に基づいて研究した。そこでは媒質の動的誘電応答関数が主要な役割をした。この解析では、(1)各イオンの電子分布を個別に統計的に取り入れる、(2)イオンは固体に入射した瞬間に平衡電荷をもつ、(3)クーロン爆発によるイオン間距離の増加を分子動力学シミュレーションで評価する、(4)クラスターの構造や配向による違いを評価する、などの点に留意して計算コードの開発を行った。存在するデータとの比較のために、炭素クラスター(Cn)のエネルギー損失ΔE(Cn)から、1イオンあたりのエネルギー損失量ΔE(Cn)/nとイオン1個のときの量ΔE(C)とから量R≡ΔE(Cn)/(nΔE(C))とR'≡ΔE(Cn)/n-ΔE(C)を定義した。1原子あたり約2〜6MeVのエネルギーをもつ線状構造Cn(n=1〜8)が厚さ250Åの炭素薄膜を通過したとき、R'はnの増加とともに飽和しながらも15〜20keVの値となりBaudinらのクラスター効果をよく再現した。C60のエネルギー損失についてもR>1となる「クラスター効果」がみられた。また、この効果にはイオン速度のしきい値が存在することがわかった。つぎに、クラスターイオンを入射したときに固体から発生する二次電子収量γを「three step model」に基づいて評価した。このγにもクラスターのエネルギー損失と同様の「クラスター効果」R≡γ(Cn)/(nγ(C))>1がみられた。この場合、上記条件の(1)と(2)は考慮したが、(3)のクーロン爆発の効果や(4)のクラスターの配向が考慮されていないので、これらは今後に持ち越すこととした。なお、以上の成果は日本物理学会で発表しており、論文を作成中である。
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