研究概要 |
現在,線形行列不等式(LMI)に基づく最適化・制御系設計理論が最先端のロバスト制御理論として急速に注目を集めている.LMIは制御系に与えられた複数の仕様をLMIの枠組みに変換し,凸計画問題として線形計画法の一種である内点法を用いて数値的にその解を求める方法である.この手法の最大の利点は,複数の制御仕様を同時に満足するコントローラを設計できることである.たとえば,H^∞制御仕様とH^2制御仕様を同時に満足し,しかもシステムの極をある範囲に制限して配置することが可能となる.このような複数の仕様を満たすコントローラを求めることは,従来のリッカチ代数方程式ベースの解法では不可能であった.LMIを用いれば上述したようなコントローラを簡便にかつ大変高速に求めることができる. 一方,実用的見地から見た場合,非線形ロバスト制御理論の最も有力な設計法にスライディングモード制御理論がある.これはリアプノフ関数がいかなるときでも減少するようにフィードバックゲインを超平面と呼ばれる境界でシステムの状態に応じて変化させるもので,この意味から非線形適応制御理論とも呼ばれている.上述したように設計法はきわめて簡単で物理的見通しが良いが,問題点としてゲインが不連続的に切る替わる際に生ずるチャタリングと高周波数領域を励振するいわゆるスピルオーバ不安定を引き起こしやすいという欠点がある.前者のチャタリング現象の防止は本質的には離散時間系を設計すれば回避できることが著者らの研究で明らかになっている.しかし,後者のスピルオーバ問題についてはこれまで決定的解決法がなくスライディングモード制御の最も重大な欠陥と位置付けされていた.これに関してはすでに著者らがH^∞制御理論やmシンセシス理論によって周波数成形する新しい周波数成形型スライディングモード制御法を提案した.この設計法によって等価制御系のロバスト性能を達成する新しいスライディングモード制御系設計理論が確立された.また,動吸振器を有する柔軟構造物のアクティブ振動制御の実験によってその有効性と特徴を確認した. 本研究は,以上の述べた状況を背景として以下のことを具体的に研究した.まず,非線形ロバスト制御理論であるスライディングモード制御系の超平面の設計をLMIを用いて設計した.この場合,複数の制御仕様を同時に満足するコントローラを設計した.具体的には,H^∞制御仕様とH^2制御仕様を同時に満足し,しかもシステムの極をある範囲に制限して配置し,等価制御系の非線形性を考慮する超平面の設計法を確立した.また,LMIによれば線形パラメータ変動系に対するロバスト・ゲインスケジューリングコントローラの設計が容易であるため,このような系に対する等価制御系を設計した.さらに,本研究のきわだって独創的である概念である非線形入力の成形を行うことによってスピルオーバを抑制する設計法を確立した.この設計法を柔軟構造物の制御に適用して超平面上でのいわゆる等価制御系のノミナル性能,ロバスト性能,スピルオーバ抑止力,さらに,LMI単独の制御性能と比較検討して,本提案の有効性を理論的かつ実験的に検討した.この研究によって最先端の線形ロバスト制御理論と非線形ロバスト制御理論の融合を図り,非線形ロバスト制御理論としてのスライディングモード制御理論の新しい展開をはかった.そして,この新しいスライディングモード制御がLMI単独の制御より一段と優れていることを検証した.
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