研究概要 |
中国西・北部では乾燥条件下での春播き栽培,また中国東・南部では湿潤条件下での秋播き栽培が行われている.従って,両地域のコムギは低温や水分などの環境ストレスに対する適応力が異なると考えられる.そこで本研究では,東アジアのコムギにおける遺伝的・生態的分化を塩基配列レベルで解析するために,適応的に中立と考えられるRAPD多型及び適応に関与する遺伝子領域におけるPCR-RFLP多型を解析した. 中国,朝鮮半島及び日本の在来コムギ56品種を供試して,14種類のRAPDマーカーについて解析した結果,新疆,寧夏・甘粛省,中国東北部,チベットからなる地域群と四川省,中国沿岸部を含む地域群の2つに大別され,中国国内において西・北部と東・南部で遺伝的に分化していることが示された.この傾向は春播型品種において顕著であった. ABA応答性遺伝子のEm遺伝子領域を解析した結果,Taq I,Dra I,Hinf I,Hinc IIの4種類の制限サイトの有無(+,-)より,56品種は(A)+-++,(B)+---及び(C)-+++の3タイプに分類され,またEmH2A遺伝子領域ではTaq Iサイトの有無という変異が認められた.両遺伝子のPCR-RFLP多型の地理的分布を解析した結果,特に春播型コムギにおいて明瞭な地理的変異が認められ,一般に東方の地域において,EmのB型,EmH2Aの切断型が多く存在した.そこで,RAPD分析の結果も加味して検討した結果,-Emの変異型の頻度はRAPDで分類されたクラスターによって明瞭に異なり,特にB型は,春播型では第I,III,VIの3クラスターにしか存在しなかった.B型ではABA応答性領域における塩基置換が多く見られたことから,Em遺伝子のABA応答性が変化している可能性が示唆された.従って,温暖,湿潤条件に適応する際にEm遺伝子のB型が選抜され,その結果として中国西・北部などとは異なるユニークな品種群が成立したと考えられる.
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