研究概要 |
source/sink比が低いような条件下では,イネの一穂の中でも下部の穂上位置に着生し,開花も遅い弱勢な穎果が初期生長の遅延を起こし易いこと,さらにこの遅延は炭水化物の供給が不足して生じるのではないこと,そしてこの遅延は穎果の最終粒重や胚乳細胞数の低下を伴うことが明らかとなっている.サイトカイニンであるzeatinを登熟期の根に与えると,弱勢な穎果の初期生長は促進され,さらに最終粒重と胚乳細胞数も増加した.また,比較的低濃度のアブシジン酸(ABA)を若い穎果に滴下処理すると,サイトカイニンと同様に,穎果の初期生長の促進,並びに最終粒重と胚乳細胞数の増加が認められた.これら両植物ホルモンによる初期生長の促進は炭水化物供給の増加によるものではなかった.したがって,これらの効果はsource/sink比を増加した処理と全く同じ効果であった.登熟初期の穎果のサイトカイニンとABAを分析した結果,ABAレベルは生長の遅い弱勢な穎果よりも生長の速い強勢な穎果で高いこと,穎果間引き処理により残された弱勢な穎果の初期生長が速まり、ABAレベルも増加した.一方,サイトカイニンレベルに違いは見られなかった.これらのことから,イネ自身の登熟促進要因としてABAが働いていることがわかった.また,登熟初期のABAの茎葉散布処理も弱勢な穎果の初期生長を促進し,最終粒重を増加させたことから,穎果の内生ABAは葉が起源である可能性が示唆された.登熟初期における止葉の,ABAを測定した結果,遮光によってABAレベルが減少したことから,葉でのABA生産は光の強さに依存し,葉のABA生産が低いような条件下では特に弱勢な若い穎果へのABA輸送が低下し,初期生長の遅延が生じると考えられた.このように,イネでは,植物ホルモンであるABAが一穂内の穎果の登熟優先度を決定していることが明らかとなった.
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