研究概要 |
子宮平滑筋の生理的収縮調節機構において最も重要な因子の一つは細胞膜の活動電位変化であるが,子宮筋の自発的収縮活動に関するイオン機序,陣痛の開始・周期性を制御する電気生理学的基礎はほとんど解明されていない.一方,近年分子生物学の発達に伴いcDNAクローニングによりイオンチャネルの一次構造が明らかにされており,その遺伝子の発現と機能に関する報告が成されてきた.また,ラット子宮筋を用いた研究から,イオン電流が妊娠末期に変化すること,プロゲステロン・エストロゲンの増減と分娩の開始,即ち子宮筋の収縮が同期していることが報告されている.そこで本研究では,妊娠の各時期におけるラット子宮平滑筋と陣痛の有無で区別したヒト子宮平滑筋のイオンチャネル発現の解析を試み,特にステロイドホルモンとの関係から同分子の発現調節に関する新しい知見を得た.我々が独自にデザインしたprimerを用いてReverse Transcription-Polymerase Chain Reactionを行い,電位依存性カルシウムイオンチャネルmRNAの定量を試みた.ラットでは妊娠中期のmRNAは低いレベルにあったが,妊娠17日から漸増し分娩直前にピークに達した.そして,分娩中には劇的に減少しその傾向は産褥3日まで続いた.妊娠中期に抗プロゲステロン剤を投与すると早産を誘発するが,mRNAレベルは投与後8時間でピークに達し,早産時には減少していた.また,妊娠末期にプロゲステロン剤を投与すると分娩が発来せず,mRNAレベルはほとんど不変のままであった.帝王切開時に得られたヒト子宮筋では,カルシウムイオンチャネルmRNAは陣痛発来群より陣痛未発来群に約4倍強く発現していたが,ステロイドホルモンレベルに一定の傾向は認められなかった.以上の結果より,特にラットではプロゲステロンの消退が電位依存性カルシウムイオンチャネルmRNA発現の制御に関与していると推測され,また,mRNAレベルの変化はカルシウムイオンチャネルの形成を介して妊娠の維持・分娩と密接な関係にある可能性が示唆された.この研究結果は分娩の開始に迫る分子的理解の助けとなる新しい重要な知見に成りうる.
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