研究概要 |
ヒト舌扁平上皮癌細胞SASから得られた浸潤性の異なるクローンを用いた浸潤メカニズムの検討から,浸潤性を規定する因子が癌細胞の運動能の差によることが明かとなった.そこで,この運動性シグナルの細胞内伝達経路を検討したところ以下の結果を得た. 1)血清刺激による両細胞間のPI3K活性について,PI3Kのp85にたいする抗体の免疫沈降産物中のPI3K活性をTLCで検討したところ,高浸潤性クローンSAS-H1のみ血清刺激によりPI3K活性の上昇が認められた.2)血清刺激時のFAKのチロシンリン酸化について,抗FAK抗体による免疫沈降産物のチロシンリン酸化をウエスタンブロッテイングで検討したところ,低浸潤性クローンSAS-L1ではリン酸化に変化を認めなかったが,SAS-H1では刺激に対応して,チロシンリン酸化の亢進がみられた.3)PI3K阻害剤Wortmannin,LY294002を用いた検討から,FAKのチロシンリン酸化がこれら阻害剤で抑制を受けることから,FAKの上流にPI3Kが存在することが示唆された.4)両細胞におけるRhoファミリー蛋白の検討を特異抗体を用いたウェスタンブロッテイングの検討ではRho Aの発現がみられたが,血清刺激により,SAS-H1では細胞質からtranslocationすることが示唆された.さらに,RacやCdc42の発現を両細胞間で検討したが,発現はともに認められなかった.以上の結果から,運動性の差がその細胞内シグナルであるPI3K活性の異常によって生じていることが示唆され,RacやCdc42が正常上皮細胞では,カドヘリンを介する細胞接着をコントロールしていることから,癌細胞でその発現が無いことは浸潤形質の特徴であることが示された. 以上の結果から,高浸潤性クローンSAS-H1ではPI3Kを介してFAKのチロシンリン酸化を分子スイッチとして,細胞接着とそれに引き続く細胞運動が誘発することが示唆された.さらに,浸潤の異なる細胞間でPI3Kを介するシグナル伝達の差異がみられた.
|