研究概要 |
目的:本研究の目的は個人のジェンダー規範の成立と地域社会に存在するジェンダー規範との関係を究明することにある。具体的には,(1)日本の特定地域社会内に,どのようなジェンダーが規範化され,モデルや制度として定着しているのか。(2)そこに暮らす個々人は,その中でどのようなジェンダーを形成し規範として身に付けていくのか。(3)その際,親・家族・地域社会などは個人のジェンダー形成や規範化にどのように影響を与えているのかについて,a)個人の生活史に関する調査と,b)地域社会の日常会話や日常の行動・行事・祭りなどの参与観察調査を通じて明らかにする。 調査方法:徳島県B町(主に漁師町地区)におけるフィールドワーク 研究成果:個々人のジェンダー形成を理解するべく,個人の生活史についてB町町民からの聞き取り調査を行い,その中から明治42年生ー昭和43年生までの男女25人を選び,ジェンダー形成に影響を与えた諸要素に着目しながら個人史を編集した。またジェンダーに深く関わる地域社会の変容と男女の生活変化を分析した。これらを通じて,ジェンダーを3相にわけ,ジェンダー規範を析出することが重要であるとわかった。 第1相は「性別役割」面で漁師町では漁業を営む夫婦の場合,男性には「家業継承意識や家を守る意識」など性別役割に関する「意識面」は強く存するが,日常生活では家事・育児に男性が積極的に関わっている。その背景には,働く女性(妻)が多いこと,また漁業者の生活時間が夕方子どもと関わる機会を作っていることと関係していた。第2相の「性差」面では,女性の身体と男性の職業(漁業)を結びつけ,妊婦に豊饒観と豊漁を,産婦に不浄観と危険をあわせた「禁忌」が人々を拘束してきた。しかし昭和30年代に町営の母子健康センターという分娩・保険施設が設けられたことで,禁忌は急速にその意味を失い,平行して男性や姑の出産に関わる役割も変化した。家業である漁業を継承するために,男児の誕生が特に期待されていたが,漁業の将来に明るい見通しを持ちにくくなると,男児出産に対するこだわりは薄れつつある。第3相は「人間の差異化・権力関係」面で,漁師町では過去に女性が自立して生活できるだけの収入を得る職業が極めて少なく,結婚し扶養されなければ生活できない経済的弱者の立場にあった。しかし昭和40年頃から中小企業が誘致されたことで,女性の職場が確保されつつある。なお戦争未亡人の場合には「男性>女性」「夫のいる女性>夫のいない女性」という2種の差異化が行われていた。総じて地域社会の変化がジェンダー規範の変容に深く関わっていることがわかった。
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