研究概要 |
本研究の目的は50年代から60年代のこの国に於ける不可逆過程論の展開について整理することであった。線形応答理論の歴史とその方法論上の事柄については、"Conceptual Developments of Non-Equilibrium Statistical Mechanics in the Early Days of Japan",Physics Report vol.262 no.5(1995),227-310として発表した。今回は、熱的摂動に関する研究の展開についてまとめた。今回特に注目して整理した部分は、熱的摂動をも取り扱うことのできる森(肇)の局所平衡理論に於ける時間スケールの違いを考慮する論点であった。50年代の初めまでは森は、巨視的な時間スケールと微視的な時間スケールの違いが不可逆性の起源であるとの立場をとって、独自の輸送現象理論を展開した。しかし、50年代後半になってからは輸送現象の量子論を展開する段階で森はそれまでの方法論の特徴を無視したとは言えないまでも軽視することとなった。このことには、彼が米国とドイツに留学したことが関係しているようである。 50年代のこの国における研究方法論上の特徴は自然の階層性を明確に意識する弁証法的方法論であり、欧米のそれと大変に異なる研究内容を含んでいる。久保(亮五)の線形応答理論は形式的には力学的であり階層性を明確に意識する方法論ではない。熱的摂動に関する応答を問題にするときに久保亮五の線形応答理論の弱点が露呈した。この点を鋭くついた研究は糟谷(忠雄)が展開した。中野(藤生)は、線形応答理論の先駆者であり久保と異なる弁証法的方法論を展開してきた。その形式は、近年になって中野によって変分原理として整理された。中野と久保の方法論の違いは50年代にはあまり明瞭に意識されることがなかったようであったが、今日の不可逆過程論の課題からするとこの点を明確に提示することが大変に重要になってきている。
|