本研究は、現在の父親に関する研究書、歴史学及び民俗学の資料等に関する分析を通じて、現代日本における父親の不在にまで至る父親言説の歴史的変化を再構成しようと試みるものである。平成8年度における研究では、特に、現在の父親に関する諸研究を踏まえた上で、以下のような研究のための視点を提示した。すなわち、 1.現在の「父親なき社会」において、その不在が問題になっているのは、戦前・戦中における家父長的父親のイメージと関連するような父親あるいは機能である。 2.このイメージの源泉は、一方ではヨーロッパ19世紀において古代イスラエルや古代ローマからシミュレートされた二次的家父長制にあり、他方では武家社会に存する。 3.前者に関して言えば、現代の日本において家父長的な父親というものを復活させようという試みは、現実的基盤から遙かにかけ離れた二重のシミュレーションとなり、おそら実現不可能である。 4.後者に関して言えば、例えば家訓類を資料として武家における父親のイメージの発展を歴史的に遡れば、儒教規範から仏教規範へ、仏教規範から母性社会的人間関係へというように、徐々に不明瞭となってゆく。従って、武家の伝統に基づいて家父長的父親の復活を目指すことも不可能である。 5.従って、現在、失われたものの復活を目指そうとするのであれば、失われたものは実体としての父親ではなく、むしろ我が国の社会がかつて有していた父性的機能であるといった発送の転換が必要である。 6.こうした機能に着目すれば、父親ではなく、むしろ仮親的人物が遂行していた機能に着目すべきである。 平成8年度における研究成果は、以上の通りである。
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