私は科研費補助金によって、戦後政治研究史の整理、戦後政治史料の検討、地域振興政策関係史料の検討を行なった。具体的には国立国会図書館蔵『自民党政策月報』等の記事から中央・地方政治関係、政治改革関係論説をピックアップし検討した。また憲政資料室所蔵文書に含まれる選挙制度改革、補助金適正化関係史料を検討した。さらに、政治学者矢部貞治、蝋山政道の論説のうち戦後政治に関するものを分析した。地域振興に関するものとしては、山形県関係新聞記事、茨城県行政関係史料を調査した。以上の作業による研究成果の到達点は次の通り。従来、戦後保守政治の画期として1955年に関心が向けられてきた。しかし占領終了〜1960年代前半の政治は地域振興、戦後型政治構築という観点でもっと連続的に検討した方がよい。占領末期に開始された電源開発等の地域振興政策により、地域での保守党支配体制が構築される。しかしこの体制はその後の保守党支配(田中型政治)にそのままつながったのではない。一連の疑獄事件批判、保守合同前の小党分立とこれをワイマ-ル期ドイツになぞらえる見解の存在は、保守合同後にも政治の枠組を改編しようという動きを生んだ。自民党結成の翌年に、選挙制度調査会は小選挙区制を提起するが、これは戦後型政治構築のための一つの方策(政治腐敗除去、多数党による安定政権)であった。しかし同案が葬られるなかで、自民党内に旧来型の地域振興による支配力強化を目論むグループと、これに対し党「近代化」を掲げ、地域振興より都市勤労者層獲得を戦略とするグループが台頭しヘゲモニ-争いが起こる。それが一応の決着をみるのは、1964年前後ではないかと思われる。こうした1952〜1964年の持つ史的意味を再検討する見通しを得たことが、最も大きな研究成果である。
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