縄文分化を考えるためには縄文人たちの生活の季節性を探る必要があり、彼らの主要な生業の一つであるイノシシ狩猟の季節性を調べることは、そのための有効な手段となる。そこで、イノシシ狩猟の季節的なサイクルを明らかにすることを目的として、縄文時代のさまざまな時期・地域の遺跡において出土資料を行うことにした。信頼できる結果を得るためには、なるべく資料数の多い遺跡を中心に検討を行なう必要があるので、イノシシの出土量の多い鳥浜貝塚(福井県)と田柄貝塚(宮城県)から出土したイノシシ下顎骨資料について観察・計測を行った。方法は下顎骨の肉眼的観察による年齢・死亡季節査定法によったが、この方法では歯の萌出が完了した成獣については死亡季節を査定できない。そこで、実際に出土資料を見て、歯の萌出が完了していない幼獣・若獣については死亡季節を査定できない。そこで、実際に出土資料を見て、歯の萌出が完了していない幼獣・若獣個体の下顎骨を抜き出し、それらの歯の萌出状態等を詳細に観察した。そして、鳥浜貝塚では49点、田柄貝塚では15点の幼獣・若獣の下顎骨を、死亡季節査定基準に従って分類することができた。その結果、縄文前期の鳥浜貝塚では冬以外の季節にはイノシシ狩猟をほとんど行っていないが、縄文晩期の田柄貝塚では、資料数がやや少なくてよくわからないものの、比較的1年中イノシシ狩猟を行っている可能性が高いことがわかった。これらと、縄文晩期の伊川津貝塚(愛知県)では1年中イノシシ猟を行っていることを考えあわせると、イノシシ利用のあり方には時代性と地域性が見られ、時代や地域によってその季節性はかなり異なっていたと言うことができる。
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