イギリスロマン主義における文化概念の形成にかかわる問題を、そのイデオロギー的な側面から検討した。今回の研究においては、ロマン主義時代の詩人哲学者であるサミュエル・テイラー・コールリッジの散文作品に焦点を当て、彼が晩年に構想した文化の理論が、当時の政治的な力学によって決定されているものであることをあきらかにした。従来の研究においては、彼の詩学と政治理論は、まったく別個のものとしてあつかわれ、それらの相互の関係は十分な考察の対象にはなってこなかった。しかし、彼の政治的なテクストの修辞的な構造を綿密に分析することによって、彼の政治的な議論のなかで彼の詩的想像力の理論が、政治的な葛藤を和解させる力として介入していることが理解できるのである。政治理論家としてのコールリッジは、当時勃興しつつあった商業と、社会の伝統的な価値観をどう和解させるかという問題に取り組んでいた。この問題は、近代イギリス史における、商工業に基盤を持つ中産階級と大土地所有にその社会的、経済的な基盤をもつ貴族階級とのあいだの階級闘争と深い関係をもっていた。コールリッジは二つの極の対立を和解する詩的な想像力という彼の詩学の根本概念を歴史と社会の問題に援用することによって、現実の政治的な領域では解決不可能な問題をイデオロギー的に解決することを企てたのである。詩学が内包するイデオロギー的含意という視点からコールリッジのテクストを分析することによって、政治と経済の次元と切り離された、詩的な想像力が支配圏をもつ領域として構想されたものが文化の領域であることがあきらかになるのである。
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