19世紀末ドイツの女性作家ル-・アンドレアス=ザロメ(1861-1937)は小説などの文学作品だけでなく、劇評、宗教心理学、精神分析、女性論などの諸分野で著作を残したが、特にその理論的著作や思想を再評価する試みはまだ始まったばかりである。近年急速に発展したジェンダー論、およびフロイト精神分析の発展史・精神分析理論批判などの新しい研究成果に関連づけると、アンドレアス=ザロメは芸術・学問分野におけるジェンダー化の問題をすでにはっきり認識していた。芸術家=より高度に分化した人間=近代的主体=意識・精神=男性というイメージの系列に対応して、非芸術家=ディレッタント=未分化な人間=自然・混沌・身体・無意識=女性というイメージの連鎖が、彼女のテクストには繰り返し現われる。これを男性/女性の性別役割を固定する論議だとして彼女を批判する立場もあるが、彼女はむしろ、男性的主体に規程された芸術・学問領域における女性(女性的なもの)の抑圧を問題化し、男女の非対称な関係を明らかにすることで、男女平等主義の限界と矛盾を視野に入れた今日的フェミニズムへの端緒を開いている。アンドレアス=ザロメの主要概念「女性」「エロティク」「ナルシシズム」はいずれも、精神/身体の分断によって成立する主体が、生の統一的全体へと立ち戻るための「契機」を指し示しており、芸術家はその契機を通じて、創造の源泉である無意識に触れ、そこから精神力によって作品を完成させるのだが、こうした図式的に過ぎる芸術創造の説明は、狭義の芸術(男性的主体に規程された芸術)に関わるものである。アンドレアス=ザロメは晩年に書き下ろした自伝「人生回顧」にみられるような、文学か理論的著作かというジャンル分けを拒む、個人的体験と普遍的人間性を分かちがたく表現する書き物・エクリチュールを実践することで、(芸術とは定義されない)女性的芸術の可能性を示していた。
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