経済学は、今世紀において経済物理学の方向へと進んできた。公理主義、還元主義、合理主義、機械論---モダニズムを形成するこれらの概念は、一般均衡論や合理的期待論に典型的に見られるものである。しかし、現在では、均衡や最適化といった概念が問い直され、成長や進化といったいわば生物学に由来する概念によってそれらがとって変わられようとしている。 無論、社会科学もこうした大きな知の潮流から無関係ではなく、経済学でも80年代後半以降、制度学派、ネオ制度学派、ネオ・シュンペーター学派が制度や進化に対する新たなアプローチを開始している。ソ連・東欧の社会主義経済の崩壊と資本主義先進諸国における深刻な不況の再来に特徴づけられる90年代にはいり、経済学も市場経済が極めて複雑な制度であり、資本主義経済としてそのあり方も極めて多様でありうることを認識しようと模索を続けている。われわれの研究課題は、このようなモダニズムに基づく新古典派およびマルクス経済学における集中的市場像を批判しながら、分散的市場の理論を明確な形で提出することにある。そのためには、分散的市場の理論模型を構築する努力をする一方で、市場経済に関する科学である経済学の認識論的・存在論的・方法論的諸問題をも考察しなければならない。 欧米経済学界では近年こうした問題がしばしば議論されている。経済学がレトリックであることを強調するマクロスキーや経済学における演繹主義や経験的リアリズムを批判して超越論的リアリズムを提唱するトニ-・ロ-ソンらは、従来の実証主義ないし反証主義に基づく方法論とは異なる科学観を提起している。この点については、論文「レトリックとリアリズム」にまとめられている。
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