財務諸表監査において、監査人が監査手続の実施によって収集・評価した監査証拠に基づいて立証しようとする究極的要証命題は、財務諸表の適正性である。被監査企業の継続企業としての存続能力の有無は、財務諸表の作成にあたって継続企業を前提とすることの妥当性、ひいては監査対象である財務諸表の適正性に重大な影響を及ぼす。したがって監査人は、監査意見の形成にあたって、被監査企業の存続能力の有無と、それが財務諸表の適正性に及ぼす影響の程度を評価する必要がある。現在の監査理論では、監査意見形成プロセスは次のように認識されている。すなわち、財務諸表の適正性を直接に立証する監査証拠は存在しないので、監査人はまず究極的要証命題(財務諸表の適正性)から個別的要証命題(一般監査要点)を設定し、さらに個々の一般監査要点からヨリ具体的な個別監査要点を設定する。そして、個別監査要点について監査証拠を収集・評価し、それらの結果を統合することによって監査意見を形成する。このような認識に基づき、本年度の研究では、被監査企業の存続能力の有無を立証するための個別監査要点にはどのようものがあるかについて調査・研究を行った。具体的には、いわゆる企業倒産予測に関する諸研究の成果を調査し、企業存続能力の指標となる要因や事象などを分類、整理し、データベース化を行った。なお、この作業は現在も進行中である。そこから得られた知見は次の2点である。(1)被監査企業の存続能力の有無を立証するための個別監査要点と考えられる要因や事象は非常に多種多様である(資金繰りの悪化につながる財務的要因、被監査企業の規模、業種、為替レートの変動といった環境要因など)。(2)監査意見形成における被監査企業の存続能力の評価を理論として一般化するためには、これら具体的な要因や事象をいくつかの指標に抽象化し、かつ指標相互間の関係や重要性を明らかにしなければならない。
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