研究概要 |
今回考案した実験の原理は、要約すると次のようであった。すなわち、基底状態において光学異性体であるR体とS体が等量存在するビフェニルを円偏光の超短パルス紫外ポンプ光で励起して、励起状態におけるR体、S体の量に円2色性に由来する差を生じさせる。その差を超短パルス可視プローブ光の偏光回転によって検出する。ポンプ光とプローブ光の時間差によって時間分解して、励起状態でのラセミ化の時定数を得る。 この方法においては、プローブ光が試料のS_n←S_1吸収に共鳴していて、円2色性が共鳴による増大を受けることが必要であった。ビフェニルのS_n←S_1吸収は650nm付近に存在し、その点では問題はなかったが、共鳴による増大が期待ほどには大きくないためか、信号を得ることは出来なかった。 そこで、1,1'-ビ-2-ナフトールを試料とすることを試みた。1,1'-ビ-2-ナフトールはそもそも光学分割がなされており、基底状態ではほとんどラセミ化しないものの、励起状態においては速いラセミ化が起こる可能性がある。光学分割がなされているという点で、ビフェニルの場合よりも大きな信号が期待された。実験においては、まず、光学分割がなされていないラセミ化の安価な1,1'-ビ-2-ナフトールを試料として、S_n←S_1吸収の波長を確かめようとしたのであるが、吸収信号はほとんど得られなかった。従って共鳴による増大もほとんど期待できない状態であった。結果として円2色性の信号は得られなかった。 この実験の最も重要な意義は、ごく短い時間しか存在しない光学活性体を捉える、という点にあり、非常に興味深い問題であるから、今後は新たな試料の探索と更なるレーザーの安定化によって研究を続ける予定である。
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