研究概要 |
生体内情報処理機構の一つである免疫系に関しては近年医学・生理学的研究が飛躍的に進み,次第にその機能原理が明らかになりつつある.それによると,免疫系はウィルス等の抗原を排除する様々な種類の抗体間で密接に連絡を取り合ってネットワークを形成し,自律分散的に機能していることがわかってきた.しかしながら免疫系は,他の生体内情報処理機構である脳神経系,遺伝系に比べて工学的見地からの研究は皆無に等しく,その機能の工学的模擬ならびに応用は新たな並列分散的情報処理機構の構築に有用であると考えられる. そこで本研究では上記の考察に基づき,自律分散制御の適切な問題である多脚歩行ロボットの歩容(歩行パターン)獲得を例にとり,免疫学的見地からのアプローチを試みた.平成8年度の研究では,免疫系の有する機能の中でも重要な一つである『記憶保持機能』に着目した手法の開発を行った. 提案する手法では,歩行ロボットの各脚に脚を上げる,前後に漕ぐ,下げるといった基本的な要素行動を各種リンパ球細胞(B細胞)として用意する.各脚に取り付けられた関節角センサの値は抗原として作用し,現在の状況に即した要素行動に相当するB細胞が刺激され,抗体を分泌しながらその濃度を上昇させる.分泌された抗体は同時に行動したい他脚のB細胞を刺激してその濃度を変化させる.ここで,転倒/非転倒を検出するセンサからの信号を基に,適切なつながりを有するB細胞の濃度を上昇させ,不適切なB細胞の組を低く抑える強化学習メカニズムを導入した.その結果,適切な歩容を実現するB細胞の組がネットワークを形成し,高濃度に維持されていく一種の免疫学的記憶機能が実現できた. 今後の課題としては,ネットワークの大規模化,対故障性の検証等が挙げられる.さらに免疫系の観点から新しい連想記憶メカニズムの実現を試みていきたいと考えている.
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