高純度ジルコニウム(クリスタルバ-)の板状試料を673Kにおいて0.1MPaの水蒸気または重水水蒸気中で10時間酸化させることにより、水素または重水素を約1mol%含んだ厚さ約800nmの緻密なジルコニア被膜を形成させた。また、同様の温度・圧力の酸素ガス中で60時間酸化させることにより、同様の厚さの水素を含まないジルコニア被膜を形成させた。 水素のジルコニア中での化学状態を調べるため、それぞれの被膜について高感度反射法により赤外吸収スペクトルを測定した。波数領域650〜850cm^<-1>のスペクトルに(重)水素を含む被膜と含まない被膜との間に顕著な違いが見られ、(重)水素を含む被膜でのみ810cm^<-1>に大きなピークが観察された。また、軽水素を含む被膜と重水素を含む被膜との間には、スペクトルに差異は見られなかった。このことから、810cm^<-1>のピークは水素自身の振動に起因するのではなく、水素が溶解することによりジルコニアの格子振動の状態が著しく変化したことに起因していることがわかった。なお、O-HおよびO-Dの振動に起因するピークは観察されず、水素は緻密なジルコニア中ではO-H、O-Dとしては存在していないことがわかった。 水素の溶解がジルコニアの電子物性に及ぼす影響を調べるため、水素を含む被膜と含まない被膜について、X線光電子分光法を用いて価電子帯における電子の状態密度分布を測定すると共に、ケルビン法により仕事関数を測定した。価電子帯の状態密度分布には水素の溶解による顕著な変化は見られなかったが、仕事関数については水素を含む被膜の方が大きな値を示す傾向が見られた。これらの結果は、水素が溶解することによりジルコニアのフェルミ準位およびバンドギャップが変化していることを示唆している。
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