ヒト肺ガン細胞株A549細胞とそれより単離したトランスフォーム表現型消失性亜株であるA5DC7細胞を用い、ガン細胞におけるテロメラーゼ活性消失機構とそれに伴いガン細胞の正常化機構の解析を行った。親株であるA549細胞の有するガン細胞としての表現型を消失したA5DC7細胞のテロメラーゼ活性をTRAP(Telomere Repeat Amplification Protocol)法により測定したところ、テロメラーゼ活性の大幅な減退が観察された。そこでこのA5DC7細胞の長期培養を試みたところ、テロメラーゼ活性の減退に相関して、テロメア長の大幅な短縮が観察された。その後も継代を続けると、約100PDL(Population Doubling Level)付近において増殖を完全に停止し、老化細胞様の表現型を有する細胞へと変化していく様子が観察された。この老化表現型を示し始めた細胞群の、細胞老化のマーカーであるとされているβ-ガラクトシダーゼ活性を、X-gal染色により測定したところ、100PDL付近で老化表現型を示し始めたA5DC7細胞でのみ、β-ガラクトシダーゼ活性を発現していることが明らかとなった。つまり、ガン細胞であるA549細胞から樹立したA5DC7細胞は、テロメラーゼ活性を消失しており、テロメアの短縮とともに老化細胞へと変化する正常老化細胞であることが明らかとなった。さらに、A5DC7細胞のクローニングを行い、そのポピュレーションの解析を行ったところ、A4DC7細胞には足場非依存性増殖能をもつA549細胞様の細胞群は含まれておらず、クローニングされた細胞群はすべて老化様表現型を示しうる細胞であった。また、老化表現型を有し、細胞増殖を完全に停止したA5DC7細胞の培養条件を変化させることで、A5DC7細胞が再び増殖を開始していくことが新たに見いだされた。この増殖の再開とともに、テロメラーゼ活性が再び活性化され、それに相関してテロメア長の伸張も認められた。ポピュレーションの解析とともに類推すると、正常老化細胞としてテロメアの短縮とともに一度は完全に増殖を停止したA5DC7細胞が、培養状況の変化に応答してテロメラーゼ活性を再び活性化し、再び無限寿命性が付与されたものと考えられた。この結果は、細胞の分化やガン化の際の不可逆的なテロメラーゼ制御機構とは別の精密な制御機構の存在を示唆するものである。
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