原始的有胎盤類としてトガリネズミ科のオオアシトガリネズミ、ワタセジネズミ、モグラ科のヒミズ、アズマモグラ、ツバイ科のコモンツバイを材料に用いて、哺乳類の肺静脈壁心筋層の適応戦略を明らかにした。 肺組織の組織学的観察を行い、心筋層の分布域を観察し、有胎盤類における肺静脈の基本構造を追求した。その結果、検討に用いた全種で、心筋層が肺内肺静脈小分枝にまで広く分布していることが明らかになった。すなわち、肺静脈壁における心筋層の分布は、一群の哺乳類に見られるだけの限定的な特徴ではなく、原始的な有胎盤類に広く共通する特徴であることが明らかになった。肺静脈壁心筋組織が、哺乳類の基本体制に裏付けられた、進化史的・発生学的に古い構造であり可能性が示唆された。また、肺静脈壁の心筋組織がどのような機能形態学的適応を遂げているかを、透過型電子顕微鏡を用いて検討した。その結果、同部位の心筋細胞の筋原線維とミトコンドリア、筋小胞体とT管系、間質の自律神経終末の分布は、典型的な心房筋組織と同様に発達し、静脈壁心筋層が、自律神経による制御を受けた確かな拍動機能を有することが証明された。すなわち、同部位は拍動により、静脈血を積極的に右心房へ還流するという、重要な循環生理学的機能を果たしていることが示唆された。 これらの結果から、肺静脈壁心筋層は、起源の古い組織でありながら、必須の循環生理学的機能を担うことで、進化史上たびたび出現してきた組織であることが推測される。今後、同構造の哺乳類における系統発生学的な一般性を議論するべく、比較解剖学と発生学の両面から、検討を続けることが重要である。 以上の研究成果は、研究代表者により、学術雑誌に発表され、大きな議論を呼ぶに至っている。
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