研究概要 |
アルツハイマー病の発症機序を考える上で最も重要な病変は,患者脳へのβ蛋白アミロイドの沈着である.我々は実際のヒト脳を用いてその神経細胞内におけるβ蛋白産生およびそのprocessingについて検討した.被検脳の大脳白質を0.85Mのショ糖を含むリン酸緩衝液中でホモジナイズ後遠心して軸索を浮遊させた.分離した軸索を,さらに0.85Mショ糖および1%Triton X-100を含むリン酸緩衝液中でホモジナイズすることにより,ミエリン画分と軸索原形質画分とを分離した.また我々は可溶性β蛋白に対する特異性の高い抗体を作成する目的で,ペプチド合成機でβ蛋白の1番から40番に相当するペプチドを合成し,これを抗原として家兎を免疫して抗β蛋白抗体を作成した.この抗β蛋白抗体を用いて免疫沈降およびimmunoblottingを行い,上記の軸索原形質画分からβ蛋白関連蛋白を検出した.今回の検討では,得られたβ蛋白関連蛋白が極めて少量であり,それらのN末端アミノ酸配列分析および質量分析は不可能であったため,SDS-PAGEとimmunoblottingにより軸索原形質画分に存在するβ蛋白関連蛋白のcharacterizationを行った.その結果ダウン症候群患者,アルツハイマー病患者および正常対照者の脳には,全長型および分泌型のβ蛋白前駆体蛋白(APP)とAPPのC末端断片ペプチドに加えて,全長のβ蛋白配列を含むC末端断片ペプチド,4kDaのβ蛋白およびその3kDa断片ペプチド(p3)の全てが存在することが明らかになった.このことは軸索原形質内すなわち神経細胞内で,APPからβ蛋白配列を含むC末端断片ペプチドを経て,4kDaの可溶性β蛋白が産生されていることを示している.実際のヒト脳の神経細胞内でアミロイド原性の可溶性β蛋白の産生を確認した報告はこれまでに存在せず,今回の研究は極めて意義の大きいものであると考えられる.
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