今回の研究では母系遺伝する感情障害、特にミトコンドリア遺伝子(mtDNA)の関与についての検討を行った。 当大学病院受診中で感情障害と診断された患者について家系分析、合併症の検索を中心に調査をおこなったところ、うつ状態を呈し受診した23才の患者で患者本人に軽度の聴力低下、心伝導障害および耐糖能異常を認め、家族歴では母方に糖尿病を認めたことからmtDNA異常を疑い、患者白血球よりDNAを抽出し、tRNA^<Leu(UUR)>領域をPCR法にて増幅しシークエンスをおこなったところ、3243番にA→Gの変異を認めた。さらに、母親にも同様の検索をおこなったところ、やはり同じ変異を有していた。 神経放射線的な解析をおこなったところ、患者では頭部MRIで異常信号を認めなかったがSPECTで、後頭葉および基底核を中心とした局所的な脳血流の低下を認めた。母親の検索では異常を認めていない。患者の治療としてはcoenzyme Q_<10>およびidebenone投与をおこなったところ、脳血流および臨床症状の改善を認めた。 今回の研究では、1家系のみの報告なので確定的なことは言えないが、mtDNAを呈する患者では脳血流の低下を示す症例があることから、mtDNA異常に伴う脳血流の低下がうつ状態の症状形成に関与していることが示唆された。また、ミトコンドリア症では、臓器別のmtDNA異常の割合が症状と関与していると考えられていることから、本症例では、母親と患者の間では中枢神経内でのmtDNA異常の割合が異なっていることが症状発現と関連していることも推定された。
|