背景:甲状腺癌の発生は、食物からのヨード摂取が関わっていると言われており、数十年前より食塩に無機ヨードを加えるようになった欧米では、甲状腺癌の発生形式が変化した。現在なお深刻なヨード摂取不足地域からは、高頻度の予後不良な甲状腺癌の報告があり、これらの地域からの標本を用い地域差による比較検討が必要であると考えた。 実施経過:1997年1月3日より1月12日まで高度のヨード不足地域を抱えるパキスタンイスラム共和国を訪問した。パキスタン駐在大使を通じ、前PIMS(Pakistan Institute of Medical Science)院長Mushtaq教授を紹介されPIMSとの協同研究の承諾を得た。さらにZrina内科学教授、Anwaru-Haque病理学教授の協力を得てパラフィン包埋標本を日本へ持ち帰った。また外科医師の協力で、訪問中の手術症例より新鮮標本を得る機会も得たが、凍結材料の入手や運搬に関わる規制により今回は断念した。 対象:パキスタンより得た、全8症例(甲状腺濾胞癌5例、乳頭癌2例、髄様癌1例)、計23検体を対象とし、以前より継続していた米国人症例93例、日本人症例56例との比較検討を試みた。 結果:1)疫学的検討:今回得た8症例はPIMSでのある一定期間の手術症例であるが、その組織別頻度(濾胞癌62.5%、乳頭癌25%、髄様癌12.5%)は長期間を通じての頻度とほぼ同様とのことであり、日本での頻度(濾胞癌5-15%、乳頭癌80-90%、髄様癌2-5%)に比べ大きな差異を認めた。 2)組織学的検討:乳頭癌症例を含め、全体に被膜や血管への浸襲傾向が強く、リンパ管浸襲が少ない、日本人症例とちょうど逆の傾向を認めた。 3)分子生物学的検討:標本の保存法の問題と思われるDNAの破損より、検体からのDNA抽出やPCR増幅が難航中である。現在まで評価できたpgp.Gi2.H・ras遺伝子では点変異を認めず、日本人症例や米国人症例と同様であった。 考察:疫学的にも組織学的にも甲状腺癌とヨード摂取の関わりは強く示唆されるが、今回は8症例と対象が少なく、統計学的検証には不足しており、症例数の追加が必要とされる。遺伝子学的には以前報告のあるK-rasや申請者が今まで報告してきたN-ras、最も予後に重要なp53での検討が難航している。今後、保存、輸送方法を考え、新鮮な検体を用いて検討してゆきたい。
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