声の衛生における沈黙療法の実践法として、一般に耳鼻咽喉科医あるいは言語治療士は患者に対して声の多用、乱用、あるいは咳払いを避けることなどを指導している。しかしその徹底のしかた、期間などは専ら医療側の経験によっており、また「しゃべれない」という患者に与える苦痛も見逃せず、沈黙療法を行うにあたって臨床上の裏付けになるものが必要である。本研究の目的は、日常生活において想定される種々の状態での声帯にかかる負荷の程度について空気力学的側面より検討し、声の衛生ありかたについて新たな知見を求めることである。 このたびは声門下圧と呼気流率を取り上げた。発声方法は、通常発声の軟起声[a]と気息性起声[ha]、囁語の楽な発声と強い発声の[a]と[ha]を設定した。男女各1名を被験者として行なった実験の結果、両被験者とも声門下圧ピーク値の[a]、[ha]ともに楽な囁語発声、通常発声、強い囁語の順に高くなる傾向を認めた。またいずれの発声法でも[ha]は[a]より低い傾向を認めた。呼気流率は女性発話者の通常発声時のデータがエラーであったため男性発話者の結果のみを示すと、ピーク値の平均は[a]、[ha]ともに強い囁語発声、楽な囁語、通常発声の順に大きい値を示していた。[ha]は[a]よりやや高い値を示していたが、有意差は認めなかった。以上の結果から声帯にかかる負荷の程度は、発声方法により大きく異なることが示された。特に声門下圧の比較においては、沈黙療法中に一般に禁止されている囁語発声のほうが通常発声よりも負荷が少ないことが示された。今後はこれらの空気力学的パラメータの臨床上の有用性を確認しつつ、被験者数を十分にするとともに、さらに発声下以外での日常場面でのデータについて検討を加える予定である。
|