研究概要 |
本研究は,咀嚼圧下の義歯床下粘膜上皮細胞における増殖活性の変化に対して糖尿病が与える影響について,基底細胞の細胞核内に認められるAgNOR数を指標として検討することを目的とした. 実験動物にはストレプトゾトシン誘発糖尿病ラット5群(1群35匹)を用いた.これらのうちの4群の臼歯部口蓋を対象として,安静時には義歯床下組織と無圧の状態で接触し,咀嚼時には0(無圧群),13,50および100μm沈下して(各沈下群)義歯床下組織に咀嚼圧を加える義歯床を装着した.義歯床下粘膜および義歯床の清掃は3〜4日毎に行った.残る1群は義歯非装着群とし,義歯床を装着することなく経過させた.義歯床装着の3日,1,2,4,8,12および20週後に各群の5匹ずつから口蓋粘膜を採取して通法に従ってパラフィン切片を作成し,これにAgNOR染色を施して基底細胞の細胞核1個あたりの平均AgNOR数の各実験群毎に求めた.各観察期間毎に各実験群間の有意差検定(Mann-Whitney U-test)を行った. 無圧群と義歯非装着群の示したAgNOR数は,観察期間を通じて両者が同様で,ほぼ一定の値を示した.各沈下群の示したAgNOR数は,3日後にはいずれの沈下群においても無圧群に比較して有意に減少し,その後8週後までは経時的に増加したが無圧群よりも有意に小さい値を示し,以降20週後に至るまで無圧群に比べて有意に小さい値を持続した.無圧群と義歯非装着群が示したAgNOR数は,観察期間を通じて本研究と同一条件下で観察した健常ラットの場合よりも小さく,これらとの間にほぼ一定の差を持続した.すなわち,糖尿病は,義歯床による無圧の被覆下の義歯床下粘膜上皮細胞におけるAgNORには影響を与えないことが示された.一方,各沈下群が示したAgNOR数は,観察期間を通じて同一条件下の健常ラットの場合よりも小さな値を示し,その減少量は,義歯非装着群および無圧群においてみられた糖尿病発症によるそれよりも大きかった. 従って糖尿病は,AgNOR数を指標とした咀嚼圧下の義歯床下粘膜上皮細胞の増殖活性を低下させることが示された.
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