日本史上の「大開発の時代」とされる古代末期と南北朝期の二つの画期について、特に河川の制御と灌漑利用の視点から、水利開発の進展過程とその主体について考察した。二つの画期をめぐる現地での動態は、いずれも領域型荘園の成立と崩壊に深く関わるものであることが判明した。研究の成果は、具体的には以下の通りである。 1.野洲川の沖積平野を対象に低地の微地形を分析し、地形分類及び地盤高分布図を作成した。 2.利水現況調査及び聞き取り調査を行って、水源別灌漑範囲の復原図を作成し、微地形条件に規定される利水状況と、その克服のための利水技術・水利工事のプロセスを復原した。 3.水源別灌漑範囲復原図に集落遺跡の時期別分布を重ね合わせる作業によって、水利開発の面的広がり、時期ごとの開発域拡大プロセスの把握が可能になった。 4.古代末期の開発画期は、領域型荘園の設定に伴う水利開発であり、荘域と灌漑域が一致している事例が多く見られることから、各荘園固有の領域の形成に灌漑域が大きく影響している可能性が提起された。 5.南北朝期の開発の実体は、国人領主クラスの在地領主による用水開発であり、この動きは中世荘園制を崩壊させる要因ともなったったことが明らかになった。 以上の成果は、学術論文にまとめて「歴史地理学」誌に発表した。なお、5に関して、在地領主居館の立地と周囲の水田の灌漑に深い関わりが検出され、水利開発の主体を考える上で重要な視点を提示するものと期待されるので、この点を在地領主制の成立基盤の問題を含めて今後検討していく予定である。
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