軽水炉圧力容器鋼材の中性子照射脆化は、軽水炉の寿命を左右する重要な現象であるが、その機構は複雑で、十分に解明されているとはいえない。特に「マトリクス欠陥」と呼ばれる超微細な欠陥に関しては、その本質について十分な知見が得られていない。本研究では「マトリクス欠陥」として有力なマイクロボイドと格子間原子クラスターの生成に及ぼす化学成分の効果を調べることを目的とし、組成を単純化したモデル合金に対してイオン照射を行い、陽電子消滅法および透過型電子顕微鏡によって欠陥分布に関する情報を得る。 試料として鉄をベースに銅含有量を変えたモデル合金を用い、東大原総センター重照射研究設備(HIT)にてニッケルイオンを563Kで照射した。空孔型欠陥検出のための陽電子消滅測定は低速陽電子ビーム測定装置にて、単色の陽電子を照射面に注入し、ドップラー拡がりのSパラメータを注入陽電子エネルギーの関数として測定した。このデータを既存解析コードで解析し、欠陥サイズに対応するS_d(欠陥で対消滅したときのSパラメータ)と、欠陥数密度に比例する捕獲速度から、生成した空孔型欠陥のサイズおよび数密度に関する情報を得る。格子間原子クラスターに関しては透過型電子顕微鏡による組織観察を行った。 空孔型欠陥を検出する陽電子消滅測定結果の解析から得たS_d/S_b(S_b:バルクで消滅したときのSパラメータ)の値から、欠陥は10個以下の空孔の集合体と推定される。また、銅の添加は個々の欠陥体積を減少させ、陽電子の捕獲速度を大きく増加させる。この効果は銅-空孔複合体の形成を示している。また、銅の添加は照射による微細な「dot image」の生成を促進したが、そのdot imageを同定するにはサイズが小さく、格子間原子型ループの増大かどうかは確認できなかった。
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