研究概要 |
本研究は,過去15年間に蓄積してきた諸資料の遡及的分析により,重障児の対人認知機能獲得に関する神経心理学的モデルを定式化し,これに基づいた指導・援助の実践的枠組みを提起することを目的とした.対象児は(1)先天性水頭症や高度の低酸素脳症など発症(受傷)が胎児期及び周生期で,(2)X線CTなどの脳の構造的側面に関する画像診断所見によって障害が皮質水準のみならず皮質下脳幹部にも及んでいることが指摘されている者4人である.遡及的分析を試みた行動的,生理心理学的データは,(1)各種聴覚刺激の実験的呈示場面,(2)援助者による日常的かかわり場面,(3)指導場面の三種である.得られた主要な知見は以下の通りである.(1)10年〜15年間の生活経験を通して,健常乳児で確認された心拍反応発達モデルに沿った変化が人関連刺激で認められた.これは,重篤な脳の構造的病変からは当初予想できなかった点であり,脳機能の可塑性の高さを示している.(2)行動観察上では,「反応がない,乏しい」状態に大きな変化は見られない.しかし,(1)の情報が援助者に伝えられることによって,次第に微細な変化を援助の手掛かりにできるようになり,働きかけ一反応間の因果関係の理解が進む.つまり,覚醒水準を高め"よい状態(state)"に導入し,指導を行うという一連の流れの中で,より効果的なタイミングで働きかけが実行できるようになり,それにより手掛かりにすべき行動的変化をさらに的確に把握することができる.(3)重篤な脳障害事例への援助に関して,従来は働きかけ(刺激)の強さと量(反復)に目が向けられてきたが,本研究で得られたこれらの結果は,日常の人的かかわりという文脈性(質)を重視すべきことを示したものである.
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