本研究の目的は、20世紀の作家ピエール・クロソウスキーの作品にみられる演劇的要素を拾い出し、その背後に近代西洋文化の諸問題や身体・言語による表現行為に対する尖鋭な考察が含まれていることを示すことにある。その観点から当研究員は近年研究が目覚ましい「演劇性」の概念を援用しつつ、主として二つのクロソウスキーの活動である執筆活動と絵画制作活動とを無理なく接続させ、その作品に流れるライトモチーフを突き止めて、従来の研究よりも見通しの良い視点を提供しようとしている。平成20年度は主にその執筆活動における「演劇性」を論じたが、平成21年度は主としてクロソウスキーが手掛けた翻訳や絵画にみられる「演劇性」について論じた以下の論文や口頭発表があった。 1.論文「言葉の試練としてのエクフラシス:クロソウスキーによる『アエネイス』の翻訳をめぐって」 この論文では、クロソウスキーが手掛けたウェルギリウスの叙事詩の翻訳を題材に、彼の他の作品にも通じる、身体の動きを模倣するような言語の使用法や、そこから生じる「演劇性」について論じた。 2.口頭発表「新たな伝達の『言語』へ:クロソウスキーの絵画論にみられる演劇性」クロソウスキーは1970年代以降に執筆活動を放棄し、専ら絵画制作に向かうことになった。この口頭発表では、クロソウスキーの絵画の方法論が、本人の発言とは裏腹に、それ以前の執筆活動において採られていた方法論と酷似していること、またそれと同時に、その絵画においては、その著作においてもみられた「新たな書語の探求」と「演劇性」が極度に発展した形でみられることを指摘した。 以上の成果は、当研究員の二年間の研究の総仕上げの性格を持つものとなった。
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