本年度においては、主にアメリカにおける取締役の内部統制システム構築義務の歴史的展開及び当該義務の法的位置づけについて研究した。より具体的に言えば、取締役の内部統制システム構築義務は本来会計監査論の中で議論されていたが、アメリカ国内における企業不祥事の多発に伴い、それを取締役の法的義務として位置づけてきたことを明らかにした。また、近年、内部統制システム構築義務の文脈ではないが、取締役の誠実義務が議論されてきたことを指摘し、その上で、取締役の内部統制システム構築義務が誠実義務の一種として議論されてきたという点を明らかにした。 これらを明らかにしたことによって、以下の点に重要な示唆を与えると思われる。第一に、従来、取締役の内部統制システム構築義務を肯定すべきか否かという議論との関係では、アメリカにおいては取締役の内部統制システム構築義務を否定した判例が影響力を有し、90年代まで裁判例の中で比較的否定的な態度が示されていたものの、企業不祥事防止という観点からその重要性が指摘され、当該義務を肯定すべきであるとする見解が多く、当該義務を肯定する理論的背景が明らかになった。また、内部統制システム構築義務が誠実義務の一種として捉えられたことによって、誠実義務違反が忠実義務違反を構成するとするStone v.Ritter判決と併せて考えると、忠実義務違反類型の場合には経営判断原則の適用はないとする前提を踏まえれば、内部統制システムの構築をしないという経営判断は裁判所によって尊重されない可能性があるということを指摘できる。取締役の内部統制システム構築義務について、以上の二点を指摘することで取締役の内部統制システム構築義務の法的位置づけを明らかにすることができたと考える。
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