研究概要 |
(1)1990年代初頭以降,日本の雇用システムは,バブル崩壊後の不況と経済の急速な国際化のもとで,大きな変更圧力を受けてきた。雇用システムを構成する諸要因のうち,長期雇用慣行(終身雇用制)と年功的賃金構造に関しては,それが変化してきたのか否か,今後どのように変容しうるのかに関する数量的分析と将来展望が精力的に行われている。だが,これに対して,雇用システムのいまひとつの構成要素である労使関係については,数量的に分析されることはほとんどなかったといってよい。たとえば,労働組合の賃金効果ひとつをとってみても,政府統計のミクロ・データを用いた厳密な計量経済分析はきわめて少ないのが実情である。こうした状況をもたらした原因の一端は,労働省「賃金構造基本統計調査報告」(以下,「賃金センサス」と略記する)の調査票に労働組合の有無に関する質問がないというデータ側の事情にある。 (2)こうした状況を踏まえて,本研究では,労働省「賃金構造基本統計調査報告」と,労働組合の有無を識別するその他の統計調査,すなわち「賃金労働時間制度等総合調査報告」と「労使コミュニケーション調査報告」を個票レベルでマッチングさせ,組合の有無を識別した上で,労働組合やその他の労使関係制度が賃金水準や賃金構造に対して及ぼす効果を分析することを試みた。 (3)本年度は,まずはじめに,欧米と日本における先行研究の徹底的な吟味を行った。とりわけ検討の対象となったは,欧米および日本におけるミクロ統計データを用いた労使関係の経済分析の方法と成果,ならびに日本における労使関係論の調査研究の到達点である。次に,上記の指定統計1点と承認統計2点の目的外利用に関する申請を行った。幸いにして,労働省のご厚意のおかげで,マッチングを可能にするようなミクロ統計データにアクセスすることができた。ただし,目的外利用申請の事務手続きに予想外の時間を費やしたため,年度内にはそのデータ記述統計量の確認にとどまり,詳細な計量経済分析を行うことができなかった。そこで,次善の策として,2種類の既存アンケート調査の個票データを用いて,われわれの目指す研究課題の分析実験を行った。第1は,連合総研個人アンケート調査結果のクロスセクション分析である。その結果,組合は賃金水準を基本的には引き上げないが ,男子の勤続年数をより高く評価し,男女間の賃金格差を縮めるという効果がみられた。第2は,日経「会社総監」パネル・データの分析である。それによれば,組合の存在は男子の賃金を引き上げないが,女子の賃金を8%ほど引き上げること,また男子の年齢をより高く評価することが示された。しかしながら,以上の結果は,代表性に問題のあるサンプルから得られたものであるので,今後,上記3点のミクロ・データを用いた分析によって結論の確認を行う予定である。
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