研究概要 |
ダイオキシン類の毒性発現にはアリル炭化水素受容体(aryl hydrocarbon receptor,以下AhRと略)を介するものと介さないものがあるといわれる。発生毒性発現の分子的機構を解析するため,AhR遺伝子ノックアウトマウスを入手した。野生型(Ahr^<+/+>)対照にはC57BL/6系マウスを用い,AhRノックアウト・ホモ(Ahr^<-/->)個体,ヘテロ個体(Ahr^<+/->)とのTCDDの発生毒性に対する感受性の差を調べた。マウスの妊娠12.5日(腟栓発見日=妊娠0日)にTCDD 0.625-80μg/kg体重を1回強制経口投与し,妊娠18.5日に母体を屠殺して胎仔の口蓋裂,水腎症の発現頻度を調べた。予想されたとおり,野生型胎児ではほぼ全例に口蓋裂,水腎症をおこす条件でTCDDを投与しても,ホモ胎児では全く奇形は生じなかった。この結果はTCDDによる奇形誘発にAhRが介在することを明確に示したものである。ヘテロ胎児では口蓋裂の頻度が野生型よりかなり低く,AhR遺伝子の量が正常の半分であるとTCDDの効果が十分に発揮されない単数機能不全(haplo-insufficiency)が観察された。水腎症はヘテロ胎児でも全例にみられたが,これは水腎症の誘発閾値が口蓋裂のそれよりも低いためと思われる。 また,AhR遺伝子の破壊に用いたLacZ遺伝子産物をレポーターとして,発生途上のAhRノックアウト・ヘテロ個体を材料に,β-ガラクトシダーゼの組織化学により,AhRの組織での分布を調べた。その結果は野生型マウスでインシツハイブリダイゼーション法により調べられたAhRメッセンジャーRNAの発現領域とほとんど一致していた。発生途上の二次口蓋突起,尿管,中腎管,中腎傍管,脊髄神経節,末梢神経系などにAhRが存在することが確認された。AhRは口蓋裂,水腎症の誘発には必須であるが,その有無がダイオキシンの毒性標的器官となるか否かを直接決定するのではないことが示唆された。
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