研究概要 |
シナプス伝達の長期増強(LTP)は発見以来,学習・記憶の基礎メカニズムになりうると考えられている.その証明は容易でないが,金魚の逃避応答をトリガーするマウスナ-(M-)細胞はシナプス可塑性と行動変化を結びつける数少ない実験系である.本研究では,第1にM-細胞を介して起こる金魚の逃避運動の適応を解析し,第2に適応を誘導する感覚入力による長期増強の発現を調べることを目的にした.水面へのボール落下による金魚の逃避運動を高速ビデオカメラシステムで観察した.水中スピーカから500〜800Hzの音刺激を数分間繰り返し与えると,逃避運動の発現率が1時間以上減少した.稀に誘発される運動の潜時や大きさはコントロールと同じであるので,マウスナ-細胞の閾値が長期間上昇したことを示唆した.つぎに,逃避運動の長期抑圧を起こす音刺激はM-細胞のシナプスの伝達特性をどのように変化させるかを調べた.片側の聴神経に与えるテスト電気刺激に対して両側のM-細胞で記録される抑制性シナプスコンダクタンスは,音条件後徐々に増大し約20分でピークに達し,最大5時間増大が維持された.LTPを誘導するのに効果的な音周波数は300〜800HZであった.また,抑制性シナプスの入出力関係から抑制性シナプスのLTPが示唆された.一方,興奮性のcoupling potentialやM-細胞の反回性抑制はこの音条件刺激では変化を示さなかった.すなわち聴覚入力からM-細胞への抑制回路が選択的にLTPを発現したことが結論された.以上の結果から,音刺激の繰り返しによって聴神経からM-細胞への抑制性応答の長期増強が選択的に起こり,その結果興奮性聴覚入力に対するM-細胞の活動電位発生率が下がり,逃避運動が長期間抑圧されると考えられる.
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