研究概要 |
免疫グロブリンは未知の外来異物に対し,ループ構造よりなる6ヶ所の相補性決定領域(CDR)を用いた特異的な分子認識を行う.本研究では,抗ダンシル抗体(Fv)を題材とし,抗原結合ループのもつダイナミックスを定量的に捉え,抗原結合部位におけるダイナミックスが分子認識に及ぼす影響について解析を行った.抗ダンシルFvの調製に関してはすでに当研究室で確立しているミュータント抗体の酵素消化法により行った.抗原結合部位に多く存在するといわれている,Tyr残基の選択的・高感度なNMR測定を行うために,Tyr残基の3,5位芳香環プロトン以外の芳香族アミノ酸残基を重水素標識したFvを調製したところ,抗原結合部位H3ループに存在する残基のNMRシグナルが,抗原非存在下において2つずつ観測されたことから,抗原結合部位が動的な構造多形をとっていることが明らかとなった.ハプテン結合実験の結果,ハプテンの認識にはH3ループに存在する2つのコンホメーションのうち一方が関与していることが判明した.この抗原結合部位に存在するダイナミックな構造多形の現象がFvとハプテンの複合体形成過程にどのような影響を与えるかを解析するために,ストップトフロー蛍光測定を行った.その結果,Fvとダンシルリジンの複合体形成過程は二相性を示し,その濃度依存性の解析から抗原非存在下におけるコンホメーション平衡の交換速度を算出するとNMRによって得られた値と一致した.以上より,抗ダンシル抗体のハプテン認識過程にH3ループに存在するダイナミックスが影響を与えている事実が明らかとなった.抗原結合部位のもつ動的構造多形は決して稀な現象ではなく,他の抗原に特異性を有する抗体分子についても多く見られている.このような動的構造多形現象は,一次配列の多様性に加え,高次構造的多様性を産み出す機構として抗原認識において重要であることが予想される.
|