研究概要 |
脳においては、構造が機能を規定する一方で、神経細胞の活動が神経回路網の形成と修正に寄与する。現在の有力な仮説によれば、シナプスの長期増強(LTP)と長期抑圧(LTD)に相同な現象が生理的に起き、神経回路網内のシナプス荷重の分布を変えることが、神経回路の発達や学習記憶の基礎となっている。霊長類の物体視経路の最終段である下側頭葉皮質TE野の細胞は、複雑な図形刺激に選択的に反応する。しかも、TE野細胞の図形特徴選択性は、成体動物でも学習により変化する。もし、LTPやLTDが記憶・学習の基盤をなす素過程ならば、視覚体験に基づき、細胞の図形特徴選択性を変化させていくTE野において、LTPやLTDが観測されるはずである。本研究では、麻酔下のニホンザル全標本を用いて、TE野および一次視覚野(V1)の内在性水平軸索を電気刺激することにより引き起こされる電場電位を記録し、LTPやLTDが起きるかどうかを検討した。TE野またはV1野の2/3層に記録電極を起き、細胞外電場電位を記録した。電気刺激を記録部位から0.5-1mm離れた2/3層に与え、条件刺激前後の電場電位の振幅や立ち上がり勾配の変化を調べた。ある特定の電気刺激(50-200 μA,50μs,0.25Hz)を水平軸策に与えると、水平軸策活性化を反映する細胞外誘発電位に、TE野ではLTPが起き、V1野ではLTDが起きた。TE野におけるLTPは、ゆっくりとした時間経過で起き、条件刺激後50-70分で誘発電位は最大値を示し、その後、実験終了までの3-4時間の間、安定していた。一方、V1野のLTDの時間経過は速くすすみ、誘発電位は、条件刺激後5-10分には、最小値にいたった。いずれの場合も、海馬スライス標本の実験で典型的に見られる時間経過よりは、ずっと遅かった。これらのLTP、LTDは入力特異性、協同性の2つの性質を有していた。
|