随意運動の生成機序の理解は、脳情報処理の動的側面に関係し高次脳機能の解明に向けて大きな一歩であると期待される。また、感覚系における特徴抽出機構のモデル研究小脳における運動制御のモデル研究に比べて、脳における随意運動のプログラミングや生成機序についての理論はこれまで十分に検討されたとは言い難い。そこで本研究では、まず随意運動生成の過程を順序情報の生成過程と要素的運動の制御とに分け、大脳皮質と大脳基底核のネットワークが関与すると考えられる前者のメカニズムのみを考察することにした。生理解剖学的データに基づいて計算論的モデルを構築し、そのモデルの解析および生理実験との対比を通して順序情報の生成機序の計算論的解明を試みた。 サル補足運動野には、要素的運動だけではなく運動の順序に反応するニューロンが多数存在することが知られている。本研究では運動の順序をコードする神経回路の概念的モデルを構築した。要約すると、本モデルは(1)運動野内の側方抑制、(2)運動野から大脳基底核・視床を経て運動野に戻る遅延のある興奮性の帰還回路、(3)特定の運動系列に関係する部分ネットワークを選択するメカニズムから構成されている。(1)と(2)によって、要素的運動をコードするニューロン活動間の遷移が外界と相互作用的に遂行される。また(3)によって力学系を切り替えることが可能となり、リューヴィルの定理に抵触する事無く分岐構造をもつ運動系列の生成が可能になる。
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