脊椎動物の諸々の発生現象に細胞間シグナル分子が重要な働きを担うことは周知の事実である。本研究でとりあげたWnt遺伝子は、システイン残基に富む細胞間シグナル分子であり、脊椎動物においてはこれまでに少なくとも17個の遺伝子が同定されている。そのうちのいくつかのものについては、脊椎動物の発生過程でさまざまな役割をはたすことが遺伝子ターゲティングによって作成された変異体の解析等から知られている。Wnt-3aはマウス初期胚の予定体節域および神経管の背側領域で発現する。遺伝子ターゲティングによって作成されたWnt-3a遺伝子の変異体では、前肢より後方の体節は形成されなくなるが、前方の体節や背側の神経管での発現に対応するような異常が認められなかった。異常が認められない領域においては、Wnt-3aと同様の機能を有する別の細胞間シグナル分子が発現し機能を補完しているのではないかと考え、以下のような研究を行った。(1)神経管の背側領域で発現する別のWnt遺伝子であるWnt-1に着目し、Wnt-1とWnt-3aの二重変異体を作製したところ、背側神経管における神経冠細胞の発生に異常が観察された。(2)前方の体節の形成にWnt-3a以外のWnt遺伝子が関与している可能性を考え、マウス初期胚で発現する新しいWnt遺伝子のクローニングを行いその発現パターンを調べた。その結果、この遺伝子は体節の発生に関与するような部域に発現はしていないものの、四肢の発生に重要な役割をはたす肢芽の先端部(AER)で発現することが確認された。(3)さらに、このようなWnt遺伝子の機能を細胞レベルで解析することを目的として、活性を有するWnt蛋白質を調製する系を確立した。
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