研究概要 |
本研究は、成人T細胞白血病の原因ウイルスであるHTLV-1の転写制御因子Taxによる転写調節やその標的因子の解析を通して、細胞の増殖、分化に重要な転写制御因子の同定と活性調節機構の解明を目的とする。本年度は、Taxによる転写抑制の分子機構の解析、Taxと相互作用する新規標的因子のスクリーニングおよびTaxの突然変異誘発活性について解析を試みた。 これまでに、Taxがサイクリン依存性キナーゼの阻害分子であるINK4ファミリーのp16ink4a,p15ink4bに結合し、それらの活性を阻害することでG1-S期進行に寄与しうることを報告してきた。今回、Taxは同ファミリーに属するp18ink4cとは結合しないが、その遺伝子発現を抑制することが示された。すなわち、作用機構は異なるものの、Taxが細胞周期の進行を負に調節する因子群の活性を阻害することがわかった。 酵母Two-Hybrid法により、Taxと結合する新しい標的蛋白質群としてPDZドメインをもつ複数の蛋白質を同定した。このうち、hDLGはDrosophila成虫原基の癌抑制遺伝子産物として単離されたDLGのヒトcounterpartであり、大腸癌の癌抑制遺伝子産物APCとの結合が報告されている。私は、TaxとhDLGがHTLV-1感染細胞内で複合体を形成していること、TaxのC末端とhDLGのPDZドメインが結合に重要であることを見いだした。 Taxは細胞をトランスフォームする活性をもつ。しかし、ATLはウイルス感染後長い潜伏期を経て発病し、その白血病細胞にはTaxなどのウイルス抗原の発現がほとんど認められない。そこで私は、Taxが細胞の癌化を運命づける際に、細胞に遺伝的不安定性を誘発する可能性を想定し、Tax発現による点突然変異率の変化を検定した。大腸菌lacI遺伝子をラットの細胞株に組み込んだシステムを用いたところ、Taxの発現により約3倍の点変異率の上昇が観察された。
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